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ぴかろんの日常

ぴかろんの日常

リレー企画 221

千の想い 120   ぴかろん

*****

ヨンナムさんが帰って行った
俺が呼んでも振り返りもしなかった
怒っている…どうして?
俺がテジュンの傍にいないから?!
なんでこの席に来たの?何しに来たの?!
俺は混乱していた

ジャンスさんが叫ぶまで、俺はずっとヨンナムさんの影を追っていた

興奮したジャンスさんの声で我に返った俺の目に、虚ろな瞳で爪を噛むラブが映った

ああ…
そういう仕種に
みんなヤられるんだよな…
お前だけが傷ついてるのかよ
お前だけが可哀想なのかよ!

…なんなの?お前…
ここにこんな男前の彼氏がいるってのに
なんでテジュンまで盗ろうとするの?!
なんで俺につっかかるんだよ!

突然、テジュンのヨンナムさんに対する気持ちを感じた
ラブの虚ろな瞳の中に、二人の背中が見えたような気がした

*****

「うおおお愛のせれぶれーしょんだっ!(@_@;)ひいいい!」バンバンバン☆

先輩は興奮して僕の肩やら腕やらをばしばし叩きまくっている
ラブがギョンジンにキスをしたからだ

ギョンジンがラブに向けた微笑
僕には真似できない微笑みだ

どうしてそんな顔ができるのだろう
どうしてラブをストンと受け入れられるのだろう
君は僕を睨み付けるけど、傷つけるような視線ではない
僕をも受け入れてくれていると、僕はいつも感じる
どうしてそんなに君は優しいのだろう…ラブが羨ましい…

ギョンジンは『神様』なんかじゃない
『スーパーマン』でもない
ぐじぐじと悩んでいる時だってある
怖ろしい考えを心に持っていた時もある
なのに、ラブを通して彼は…愛を掴んだ?…
…僕も掴んだはずなのに…

ギョンジンの微笑みはcasaをとりまく風に似ている
なんだろう…僕に足りないもの…僕にできない事…
それを見つければ僕もきっと
ギョンジンやテソン君やテス君みたいな笑顔になれるはずなのに…
どうすればいいのか解っているようで解らない…

バンバンバン☆
先輩は興奮して僕を殴り続けている

「おっ…お前もキム・イナとこんなこんなこんなひいいいい(@_@;)」

ひいいとか言いながら、小さな目をしっかり見開いて、ギョンジンとラブのキスシーンを見逃すまいとしている…
僕は、先輩…
こんな感動的なキスシーン、できませんよ…

*****

またジャンスさんが喚いて、俺を現実に引き戻した
目の前にいたラブが、隣にいるギョンジンとキスしている

憎ったらしい…
なんでギョンジンはこんな奴を受け止めるの?

『どうしてお前はヨンナムを受け入れるの?』

え?
だって…
だってテジュン、お前がヨンナムさんごと俺を受け止めたいって…

言わなかったっけ?

それは…
俺の…望み?
お前自身がそうしたいんじゃなくて
俺がそう望んでいるからお前…無理にそう言った?
俺の思い込み?え?

軽い混乱が起きた頭を振ってキスしている二人を見た
ギョンジンは穏やかな笑みを浮かべている
いつの間にそんなに凄い男になったの?
勿体無い事しちゃったな…お前にしとけばよかった
そしたら…

そしたら俺、ラブみたいに幸せにして貰えたんだろうか

涙が溢れそうになった
そうじゃない
ギョンジンじゃない
ソクでもない
テジュンがよかったんだもん
テジュンでなきゃダメだったんだもん…
テジュンは、ソクやギョンジンに傾いた俺を許してくれたもん
けど…
ラブを抱いた…
あの時悩んだ俺とも、ヨンナムさんを好きになって苦しんだ俺とも
テジュンは別れてくれなかった
俺を受け止めたいと言って受け止めてくれない!
俺は…俺は…何をやっても受け止めてもらえないんだ!
逃げないように縛り付けられているだけなんだ!
ちがう?テジュン!

俺は涙を堪えてテジュンを睨みつけた
ふと顔を上げたテジュンと目が合った
涙が零れそうになって顔を逸らした

「…イナ…」

テジュンの声が聞こえた
俺は…俺だって…テジュンを受け止めていないじゃないか…

*****

「やんなっちゃうなぁどうしようスヒョク」
「なにがですか…」
「先にやられちったよぉ」
「だから…なにがですかっ」
「キス」
「…」
「僕達の愛の技。ジャンスさんにお見せしたかったのになぁ」
「…ソクさん…」
「おおおおっダブル愛のセレブレーションっ見たいっジャンス激しく見たいっ!」
「…」
「じゃ、スヒョク」
「やめてください!そんな技ありません!」
「だから『新技』ってことで…」
「ふんっ!」
「ふんって…なんで怒るのよ…さっきからちっとプリプリしてるよね?ん?」
「だって…」
「だってなぁに?」
「…ソクさん…イナさんに…」
「ん?」
「…親切だもの…」
「ん?んん?妬いてるの?」
「…」
「イナに耳打ちしたの、気に入らなかったの?ん?んん?」
「…」
「やっだなぁ…、励ましただけって言ったでしょ?なんで心配なの?僕はスヒョク一筋なのにぃ」
「だって…あの…ドンジュンさんに…あの…」
「ん?んんん?」

スヒョクはこそこそとドンジュン君との会話を話した
耳がくしゅぐったぁいん…と言うとペチンと肩を叩かれた

もし、僕とイナが映画に出演して、濃厚なラブシーンを演じたらどうする?と言われた
その図を思い浮かべただけで涙が滲んできた
さっき僕がイナに耳打ちしたとき、その話が現実になったらどうしようと思った

なぁんて事を言う

あああああ
かわいいっ!
可愛くて可愛くて、人がいるのも忘れてスヒョクにチューしちゃった(^o^)

「うぉぉおおおおおダブル愛のセレブレーションだぁっ」

ジャンスさんが叫んだ
スヒョクは僕を突き飛ばした

「痛いなぁもぉん…。ダブルって…ギョンジン達まだちゅーちゅーしてんの?!負けられないじゃんスヒョクぅ」
「もうっ!はぐらかさないでください!」
「はぐらかしてなんか…。あのね、スヒョク。僕は映画なんて出ません。演技できないから。それにイナだって出ません。演技できないから。ね?」
「…そういう事じゃなくて…」
「うんうん。気持ちは解るよスヒョク。でも有り得ない事だから。なぁんでこんな可愛いスヒョクがいるのに、あんな浮気者のイナと浮気しなきゃいけないの!…あれ…『浮気者』だから『浮気する』のかな?あれ?…とにかくだね、スヒョク。僕は…君だけ…」ちゅ
「あ゛っ!」
「うほほーい!参りますなぁ」

スヒョクに軽くキスをした
ジャンスさんがまた喜んだ

イナはね、スヒョク
僕に『きっかけ』を与えてくれた人だ
イナに出会わなければお前にも出会えなかった
だから大事な友人だよ
でもスヒョク、お前は
なんと言えばいいのだろう
僕の痛みを理解して和らげてくれるただ一人の人…
言葉で表せばそういう事になるのかな…
そんな単純なもんじゃない…
お前がいなければ僕はもう笑えない
お前がいなければ僕はこんな人間らしい暮らしなんてできない
お前が傍にいるから、僕は…

「ソクさん…どうしたんですか?!はしゃいだと思ったら黙り込んで、黙り込んだと思ったら…なんで…泣いてるの?」
「らってお前が…」
「僕がなんですか?!」
「お前が…傍にいてくれるから…僕は…とても…とてもね…」
「泣かないで…ソクさん…」
「しあわせなんだ、スヒョク…」
「ソクさん…」

スヒョクが涙を拭ってくれた
本当に…お前がいてくれるから僕の人生は豊かなものになったんだよ…スヒョク…

「こんな…穏やかな日が来るなんて…思わなかったんだ、スヒョク…」

スヒョクは微笑んでもう一度僕の頬を拭った

「もう泣き止んで…。僕も幸せです、ソクさん…」
「ず…ずびょぐ…」
「あーもー鼻水が…。ったくぅ…ジジイなんだからぁ」
「ずびょぐ、びどい゛…ぐじっ」

「おおお!この技には『いたわり』と名づけたいですなぁ…ぐしっ」

ジャンスさんが感激しているらしい…ぐす…
どうだ!いいだろう!僕の恋人だぞ!可愛い可愛い恋人だぞ…ぐしっ…

「ぐしっ…。で?具体的にお二人の技は?」
「ぐじっ…」
「…えと…ケホン…そうですね…僕の技は…げほぐしっ」

スヒョクは鼻を啜りながら健気に『エイのような男』(あの僧坊筋が発達し続けたら必ずエイ…いや、マンタになると僕は確信した!)に答えようとしているぐし…
いいのに!こんな素っ頓狂な客なんかほっといて…ぐしっ…
でもああ…健気なスヒョクって…やっぱり可愛いな…ケホンぐしっ
スヒョクを見つめながら、僕は高速回転で脳を作動させていた
次に質問されるであろう僕の技についてなんと答えようか…うむむむ…


千の想い  121    ぴかろん

*****

「スヒョク君の技は!」メモ準備完了!
「は…あの…。『匍匐前進』とか…」
「ふむっメモっ」
「えと…あとは…あっそうだ!お客様と『なつかしの遊びをする』ってのもあります!やりますか?」ニコ
「やるっ!」シュタ☆

ジャンスさんがシュタ☆と立ち上がり、僕達は通路に出てケンケンの押し相撲ほか数種の『子供の遊び』をやった
え?僕の負けだろうって?あのガタイとぶち当たったらそりゃ吹っ飛ばされるだろうって?
えへへ。そこはすばしっこさで対応しなきゃ…
ジャンスさんの塗り壁じみたガタイを寸止め状態でスイっとかわす
気持ちいいなぁ、塗り壁がよろけるのって…
でもね、ジャンスさんって中々倒れないんだ。参ったなぁ
おっとっとっと…とよろけてすぐにくるりと向きを変えてドドドドっとやってくる…
体のわりに足は細く見えるけど、足腰強いのかな…それともやっぱり…重心が低いから?うむむ…

引っ張り相撲もやったけど、これはすぐに僕が負けた
仕方ないでしょ?あのガタイなんだもん…

何度か勝負して、ケンケン相撲は僕の勝ち
引っ張り相撲はジャンスさんの勝ちって事でその場を治めた

「うーむむむ、ケンケン相撲はキミの『逃げ勝ち』だろう!くそっ」メモ!
「(^^;;)あの…この技の何をメモしてらっしゃるんですか?」
「ケンケン 0勝5敗、引っ張り 全勝優勝…と書いた」
「…(^^;;)…」
「スヒョク君、ほかに技はないのかな?」

うーん…まだ解放されないかぁ…うーん…

「あ…『銃の早抜き』があります」
「「『銃の早抜き』?!」」

ジャンスさんと一緒にソクさんまで素っ頓狂な声を上げた

「…。ソクさんは知ってるでしょ?」
「ししし知ってるとも!よぉぉく知ってるさ!それはダメだよスヒョク!こんな妖怪に対してしかもこんな公共の場所でっ!」
「やだな、おもちゃの銃ですよぉ」
「だめだめだめ!だめだよっ!たとえ『ふり』でも僕は許さないよ!スヒョク!」
「なぁんでソクさんが許可を出すですかな?!お客様のリクエストに応えるのはホ○トの基本ではありませんのかっ?!」
「でもこの技についてはダメです!」
「なぜ!」
「スヒョクが危険だからですっ!」
「ほ?」

ソクさん…僕がフラッシュバック起こさないか心配してくれてるのかな…もう大丈夫なのに…
優しいな…大好きソクさん…

「危険?おもちゃの銃なのに?」
「そう!貴方の『銃』はおもちゃ並みだとしても絶対にスヒョクに扱わせたくない!いや、貴方でなくても他の奴らの『銃』だって断固として許さない!そんな事したらスヒョクが傷つく」
「は?ほ?」

ん?
俺は弱冠の違和感を感じつつもジャンスさんに説明した

「ソクさん支離滅裂になってますけど、あのね、ジャンスさん、実は俺はこれこれこうでこうしてああしてこうなって…で、今に至るんです…」
「なんと!そんな悲しい過去が…(;_;)」
「ソクさんは俺を甦らせてくれた人なんです…えへ…それに…その友人達も元気になったし…」
「おお、それはよかった(;_;)…では何の問題もないと?」
「はい」(^o^)
「では、ぜひとも『早抜き』を…」
「だめっ!」
「…ソクさん…」
「だめっ!そんなのいやっ!こんなオバケの『銃』なんてダメ!スヒョクだめっ!」
「…オバケの銃って…何言ってるんですかソクさん…」
「そんな事したらスヒョク、顎外れるっ!」
「…。は?…。はあっ?!…ま…さか…ソクさん…『銃』って…」
「いやだぁぁスヒョクぅぅぅ」
「…」
「しないでぇぇぇ」
「…」

すぐに気付かなかった俺がバカだった…
ソクさんの言う『銃』って…


(-_-メ)


俺はソクさんに顔をぴったりつけて静かに聞いた

「あなたの言う『早抜き』ってのはなぁに?一般的な言葉で言ってみてください!」
「え…そんな…くふん…解ってるくせにぃけひっ」
「言わないと3日間口聞きませんけどいいですか?!」
「いやぁぁ…言うからっ…。だからぁ…けひっ…ごにょごにょ」

はぁぁぁ…やっぱり…
俺は彼の襟首を掴んで睨みつけた

「こんな場所で、あなたの思っているような『早抜き』を俺がやるとでも?!…一度だってあなたの思っているような『早抜き』を『技』として披露した事がありましたか?!あ?!俺がそんな見境のない男だと?!お?!」
「す…すひょくぅ…ぼくはただ…お前のことがしんぱいでっ…」
「ソクさんのばかっ!どすけべっ!」

このところ渋くてステキだったのに!

俺はソクさんのほっぺたを両手挟みビンタした
ソクさんは蹲ってクスンクスンと泣いた

「どどどうしたんです?スヒョク君」
「すみません、ソクさんが変な勘違いしてたんでちょっと言い聞かせました。じゃ、『早抜き』やってみますね」

おもちゃの銃を装着し、『早抜き技』を披露した
ジャンスさんは、おおはやい!すげぇな!かっくいーと子供のようにはしゃいだ
何度か技を披露して拍手を貰った
銃を外し、ソクさんの隣に座った

「ごべんねスヒョク…」
「…あ…うん…いいえ…」
「けひっ」

にこっと笑ったソクさんに微笑み返す
心の中で『俺こそごめんなさい』と謝る
俺が…中々貴方に応えられずにいるからかな…
だから貴方…そんな方向に話を持って行っちゃうのかな…

「顔上げて、スヒョク」
「へ?」

いつの間にか俯いていた俺にソクさんが呟いた

「ごめんねスヒョク。そうじゃないんだ」
「…な…にが…」
「僕は単なるスケベもーそー男なんだ。ははっ」

え?

「僕は今のまんまで十分満足してるし…とっても幸せだからね、スヒョクぅ」

…俺、声に出して言った?
俺の気にしてる事、解ったの?
ソクさんはバチンとウインクして俺の耳元に囁いた

「お前が傍にいてくれるだけでいい」

そう言ってソファに置かれた左手の小指で、そっと俺の太腿を突いた

「ね?」
「…うん…」
「ジャンスさん見て見て!僕の得意技!」
「は?!なんですかなソクさん」
「タコチュー」

ふざけながらソクさんはタコの口をして俺の下唇に吸いついた
柔らかい唇の感触に包まれて俺はドキドキした
ソクさんはキスしたまんま、俺にだけ聞き取れる声でもう一度囁いた

「傍にいてね…」
「…うん…」

うん
ずっと傍にいるよ…

俺達の耳に、ジャンスさんの低い声が届いた

「けっ…飽きた…」

*****

「あっ!ラブ!僕達も負けてられないっ」
「…」
「ジャンスさんジャンスさん!今こそ僕達の『合体技』を!」
「ががが…合体ですとぉ?(@_@;)ててテジュン!ここは何でもアリというが『合体』もありなのかっ」バンバンバン☆

先輩は俺の背中をバンバン叩く
迷いが吹っ切れて行く様で気持ちいい
ラブはやっぱりギョンジンが好き
僕はやっぱりイナが好き
イナは…
さっき僕を涙目で睨んでいた
目が合うとすぐに視線を逸らした
小さな声でイナを呼んだがイナは知らん顔をした
先輩の掌で僕の歪みを治してくださいよ…
もっと強く叩きだしてくださいよ

「ではくふふん…『元祖襟巻きっ!』ああぁ~んけひ~ん」
「うぉぉぉおおお…なんと暑苦しい…」
「そして『腰巻きっ』」
「ふははは…は…」
「さらに、『前から襟巻きっ』」
「…」
「そして究極の技、『前から腰巻きっ』」ばっちぃぃん☆「いでぇぇっ」
「…ばかじゃない?」

ラブが少し震える声でギョンジンを威嚇した
ギョンジンはラブの腰の辺りに屈みこみながら、ラブの顔を見上げている
ラブの表情が見える
自分を預けきった穏やかな顔だ
ギョンジンは立ち上がり、ゆっくりラブを抱きしめる

「『シュラフ…』」
「は?なんですと?」
「…新技…『シュラフ』です…」
「…寝袋の事ですか?」
「…ラブ…」
「寝袋という意味ですかな?ギョンジン君」
「…どうとでも…。ラブ、好きだよ…」ちぅうううう…
「ふむ。寝袋と…」

先輩はもう、彼らのキスに慣れてしまったようだ

「とするとギョンジンさんの技はラブ君がいないと成立しないものばかりですかな?」
「…ん…んは?」
「ラブ君がいないと貴方はダメ?」
「はいっ!その通りです!僕はラブがいないとダメ男なんですっ!」

ニコニコと答えるギョンジン
メモを取る先輩

「僕は本当はダンサーとして採用されたんですよジャンスさん」

急にソクが口を挟んだ

「何?ダンサー?」
「でもスヒョクが僕のパートナーになってくれなくて、それで僕はいつまでも『仮採用』なんですぅ」
「…パートナー?ははーん…どうせアンタ、エロダンス企てとるんでしょうが」
「は…え?」
「その手の顔は何をやってもアレですからなぁほっほっほっ」メモっ!
「…スヒョクぅ…エロダンスって言われたぁ…」
「その通りだから仕方ないですね」
「ずびょぐぅ…」

「ソクさん、今ジャンスさんは僕の技を見てくださっているんです!」
「ギョンジン君、君の技は『技』じゃないでしょ?」
「なんですって?」
「僕、君のほかの技って見たことなーい」
「あら。あらあらあら。そうでしたっけ?…じゃ…これをどうぞジャンスさん」

ギョンジンはポケットから可愛らしい箱を取り出した

「奥様にプレゼントです」
「俺のワイフに?君から?」
「僕からでもジャンスさんからでもフフフ。フーッフッフッ夫婦円満!」
「?」

5秒ギョンジンを見つめた後、先輩はその箱をバリバリと開け、中味を高く掲げた

「ぬぁんだこれはっ!黒の穴あきパン○!」
「フーッフッフッ夫婦円満…」
「…」

先輩はクルクルと下着を丸めて箱に入れ、それをギョンジンに突っ返した

「あら?あらあらあら?」
「うちは子供三人いるから…。間に合ってる」
「あら…あららららー」
「君、それ、ラブ君にあげれば?」
「あらっ!それいいわぁ!なぁんで気付かなかったろう僕」

ギョンジンはニコニコ顔でラブの顔を見る
ラブはギョンジンの左頬に右手を横にあて、そのままギギギィっと真横に動かす

ぎゃあああああおおん…

ギョンジンの顔に四つの横線が走る

ひどぉいひどぉいらぶったらひどぉい…

騒ぎながらも幸せそうだと思う
ギョンジンの腕の中にいるラブもきっと幸せそうな顔をしているのだろう
背中しか見えない
もう背中しか見せてくれないかな?

先輩は鋭い目つきでメモを書き付けている
イナは俯いたままでいる
僕は…動けない…

『いいかげんにしろ…』

ヨンナムの声が耳から離れない
どうしてあいつに拘る…イナは僕を好きだと言ってくれているのに…
それはあいつが…今までになく自信に満ち溢れているように見えるからか?

あいつが…イナを…盗みそうな気がする…

「キム・イナ」
「…は…はい…」

先輩がイナを呼んだ
顔を上げたイナは瞳を赤くしていた
僕はこのところイナにこんな顔ばかりさせている…
…前に進めない…進まなきゃ…

拳を握り締め、僕は思った
ケリをつけなければ…
あいつと今度こそちゃんと…


ソグの近況   足バンさん

お世話になっております、ソグです
名前だけでは「え?建築家のほう?医者の卵のほう?」
などと言われることもしばしばですが
建築家でひとまず御曹司でしっかりしてる印象が僕、ソグです

医大生のビョンウが「メガネズ」で
相方の小説家志望ジョンドゥ君とはいつも喧嘩をしています

先輩方のご指導のもとBHCにも少しずつ慣れてきました
現場の仕事も忙しいのですが充実の毎日です

BHCは実に多彩な魅力を持った場所です
先輩方の個性は驚くほど豊かで
「最高級コンドミニアム」もあれば「超高層インテリジェントビル」もあり
「一戸建て庭付き」「田舎の素朴な家屋」「デザイナーズハウス」「無国籍風個性派住宅」から
「高級ペントハウス」「バリアフリー住宅」「マル秘お買い得物件」「謎のお屋敷」まで
言わば…あらゆるニーズに応えられる不動産業の鑑

僕自身のお客様も少しずつ増えています
建築関係の社長夫人やお世話した顧客様関係など…
テーブルではつい仕事の話になりがちでしたが
チーフに「こちらではお客様を120%楽しませてねニコッ」とアドバイスいただき
気を付けますと緊張しながらお答えしました

その様子を聞いていたウシクさんが
「ああチーフって昔ドンジュンにもそんなアドバイスしてたなぁ」と
懐かしそうにおっしゃっていました
ドンジュンさんは元々すっごい真面目でウブな方だったそうです
「僕もドンジュンさんみたいに変われるでしょうか」と尋ねますと
「さぁ…君もカナヅチなんか持つと性格変わるの?」と言われました

「いえ、実際に道具を持ち作業することはありません」
「いつもは?」
「現場管理に自信の当社!手抜き工事は勿論のこと1ミリの狂いも見逃しません!」
「くふっおかしなやつ…ギョンジンが興味持つわけだね」

ギョンジンさんは僕に何かとお声をかけて下さる方です
黙っていると超二枚目なのに、お笑いのセンスもお持ちで
ラブさんとご一緒の時はその威力が最高に発揮されるようです

ギョンジンさんが僕に優しくして下さると
ラブさんは必ずギョンジンさんを(痛く)引っ張り去っていきます
それを皆さんは「ラブ様ご降臨」と楽しんでますが
弟のギョンビンさんだけは呆れた顔で肩をすくめています

ギョンビンさんの恋人、元チーフのミンチョルさんは
あのビクトリーレコードのあのミンチョルさんだと知り驚きました
実は昔、インテリジェントビルを手がけた時の完成披露パーティで
お見かけした記憶があります

お共を引き連れたあの時の近寄りがたい印象とはずいぶん違います
ギョンビンさんに目で威嚇された時などは特筆もので
その異常なかわいらしさをイナさんは「きちゅね」という暗号で呼んでいます

イナさんは時々みえるテジュンさんというお客様の恋人です
彼はたまにステージで武道の型を披露しますが
ソヌさんと組むとその迫力は凄いものがあり
お客様はだらしないほど口を開けてうっとり見つめていらっしゃいます
そんなイナさんも一説には「ごしゃいじ」という
暗号名をお持ちだということですが…

ソヌさんは一見寡黙なのですが実はそうでもないという噂も聞きます
ジホ監督やミンギ君と一緒にいると
確かに何やらおかしな会話が聞こえてくることがあります
初めは「影のボス」かなとも勘ぐったのですが
今ではそのソヌさんをいなすmayoさんが怪しいと思っており
この見解は密かにビョンウ、ジョンドゥ君とも一致しています

時々テソンさんがこっそり僕たち新人を手招きし
リクエストのあった「家庭料理」を味見させて下さいます
僕は別れてしまった妻のことを思い出し
ビョンウは家庭に憧れているのか遠い目をし
ジョンドゥ君は同居中の婚約者が多忙で寂しいらしく目を潤ませています

家庭といえばスハさんは新妻のように細やかで
一緒にお住まいのテジンさんはいつも何かしらお世話をしてもらい
なぜかテプンさんにじーっと横目で睨まれていることがあるのですが

「おいテジン…このクッキースハ作なのか?」
「うん…無添加小麦だって」
「やっぱ手作りってもクッキーはクッキーだよな」
「そりゃそうだ」
「チェリムのが酸っぱかったんだけど…手作りだから仕方ないって言うんでよ」
「しょっぱいってのは聞くけど酸っぱいって何だろう」
「だろ?…恐くて聞けなくてよ…ぐしん…」

というような会話は日常茶飯事だと聞きました

ホンピョさんとドンヒさんのふたりも同期だということで
喧嘩しながらもいつも仲良くしています
ホンピョさんがここまで更生したのはドンヒさんのお陰とか
ジュンホさんが「一日一回、いちしつけ、だそうです」と
こっそり教えて下さいました

最近ビョンウがイヌ先生の眼鏡姿をじっと見て
同じ顔でなぜ自分とこうも違うのかという生態学的な疑問にぶち当たっています
そのイヌ先生は僕の持っていた物差しを「どこの?丈夫?」などと
何気なく、でも真剣に質問されていました
それが「カーボンファイバー製」と知りかなり反応していたようですが
そのあまりの真剣な目に困惑し追求はできませんでした

ソクさんの心のこもったサービス精神には頭が下がります     
微笑ましいスヒョクさんとの掛け合いをじっと見ていると
やがて僕に気付いたソクさんが「あのっサービスしますね」なんて言って
スヒョクさんに「何か」して最後には必ず酷く叱られるハメに
それを見ていたジュンホさんが「一日百回、百スヒョク、だそうです」と
そっと教えて下さいました

シチュンさんとチョンマンさんも気が合っているようですが
基本的にシチュンさんのノロケ話にチョンマンさんは
はいはいと相づちを打っているだけのように思います
シチュンさんが入店時に10人の女性を切ったという話が
「メール同時送信で30人に別れを告げた」と誇張されたのは
チョンマンさんの仕業だと言われていますが
実のところはジホ監督あたりが怪しいという説が真実のような気がします

そう…新人のジュノ君はとても真面目で
BHC始まって以来の「真性実直型」だという呼び声高い好青年
若いのに奥さんとその妹弟とも同居、しかもお子さんも誕生予定ということで
シチュンさんやテプンさんの格好の餌食になっています

「最近ノーマル率が一気に高くなったなぁ」
「ジョンドゥおまえも早く結婚しちまえよ」
「はぁ…でも彼女が忙しくて…」
「頑張れよぉ~ジュノだって速攻ワザだったんだろ?」
「いえっあの…話せば長く…いろいろ事情がありましてその…」
「ビョンウおまえは男女の話は10年早ぇぞ」
「そんな!人体構造については誰よりも詳しいのに!」
「でもよ…おまえら気をつけろよ…意外とここって離婚率高ぇんだぞ」
「そうなんですか?」
「1…2…3…届け出の有無不問だと9人だぞ」
「それって僕も入ってるんですか?」
「おうよっソグ!その点ではおまえ一人前だな」

「あとギョンビンは婚約者と可哀相な過去があるしね」
「チーフだって婚約してたしよぉ」
「えっそうなんですか?」
「なっ!チーフ!」
「ん?何?」
「チーフって式の当日ドタキャンされちゃったんだよな?」
「ふふ…そう、1度はね」
「1度って…何回もあるんですかっ?」
「うん他に2回…かな」
「3回ですかっ?婚約3回っ?」
「そ」
「「「「えーーーっっっ!」」」」
「そりゃ俺らも初耳だぞおいっ!」
「全部相手が断ってきたから問題ないの」
「もっ問題ないって」
「チーフを捨ててっ?他の男にっ?行ったんですかっっ?」
「まぁそういうこともあったかな」
「どどどうしてそんなことが」
「うーん…幸せの尺度って自分次第でいくらでも変えられるからね」
「「「「…おお…」」」」

「ハイハイ…こっから先聞く人はこの線まで下がってひとり1200ウォンね」
「ごるぁホンピョ!いきなり来て勝手に商売すんな!」
「教育係!どこ行った!」
「あぁっ済みませんっ」
「おいドンヒおまえも聞いとけ」
「おまえに言われたくない…けどちょっと言われたい」
「何こちゃこちゃ言ってんだホンヒ!」
「「「「でっ?チーフその続きをっっっ」」」」

と…いろいろ…本当に勉強になるBHCでの毎日です

ー幸せの尺度って自分次第でいくらでも
そうなのだろうか
そうなのかもしれない
こちらの先輩方を見ていると確かにそんな気もしてきて
…カーボンファイバー製定規をじっと見る僕です


千の想い 122   ぴかろん

*****

俺がヨンナムさんを好きにならなければこんな事にならなかった
また同じところに戻って行く
あの時、強引にでもテジュンの前から消えればよかったんだ…
テジュンが頑張っているのは解る
俺だって頑張ってるんだ
なのに
頑張って信じようとしても
俺達の前にラブやヨンナムさんが現れると
気持ちが乱れる

テジュン
俺、ヨンナムさんが好きだ
お前もラブが好きだろ?
おあいこだ
じゃ、これで公平だね
けどテジュン
それでも俺、お前が一番好きだから
ヨンナムさんにもう会わない
だからお前もラブと会わないでよね
会っても口きかないでよね、俺もそうするから
これで公平でしょ?

そんな風に割り切れると楽なのにな

公平だなんて思えない
俺がヨンナムさんを好きなことは『どうしようも』なくて
お前がラブを好きなことは『どうしても』受け入れられない
お前を一番好きでも、ヨンナムさんに『会いたい』と思うのに
お前がラブに触れることは『どうしても』いやだ

お互いにそんな風に思ってるんだろう
二人でいる時も俺達、お互いの心を自分に向けるための手立てをあれこれと考えてる
無意識に…
どうあってもやっぱり『自分』が大事なんだ
なんで、ほんの少しだけでいいのに、なんで…お互いのスペースを認められないのだろう…

治まらない
苦しい
ずっとこんな事が続く?
そんなの嫌だ…

「キム・イナ」
「は…はい」

ジャンスさんに呼ばれた
ジャンスさんが手招きをしている

「は…なに?」
「ここ、おいでここ」

ジャンスさんはポンポンとソファの座面を叩いた
テジュンと自分との間に来いと言っているのだ

「は…な…んで」
「お前の技、見てない」
「…。テコンドーも涙目も見せたじゃん…」
「『ハンバーガー一気食い』は?」
「…」
「『家庭教師体験』は?」
「…なにそれ…」
「自分の技だろうが!…『キム・イナの不得手なお勉強を教えてやってください。困って両手をお口に当てます。場合によっては『ピンポイント・キッス』が受けられるかも…』って書いてあるぞ」
「…えっと…そんな技…あったっけ…」
「『トルネイド倒法』は?『イカサマ花札』は?『ワイン・テイスティング』は?『酔っ払いでエルビス迫り』は?」
「…」
「なんか一つ見せろよぉ」
「…しょうがねぇな…じゃ…なんか…」
「やた!ぱちぱちぱち…」

俺は仕方なくソファから立ち上がった
予期せず立ちくらみを起こした
一瞬気が遠くなり、気がついたら床に倒れこんでいた

「うぉぉぉリアルだなぁキム・イナ。これが『トルネイド倒法』か?」
「…」

天井のライトが眩しかった

「腕、捻ってないか?腰痛めるぞ、こんな倒れ方。かなり勢いつけて倒れたけどいつもこんなか?」

ジャンスさんが笑いながら質問を浴びせかける
俺は答えられない

「ん?…キム・イナ?…おい…お前、目の焦点が合ってない!大丈夫か?」

大丈夫ですと答えようとしたのに、言葉が出ない

ガタガタ、バタバタ、キム・イナ!イナ…イナさん…しっかりして…

ザワザワとみんなの声がする
ああしまった…大騒ぎになっちゃう…
そう思った時、テジュンの香りがした

「大丈夫か?ケガしてないか?」

テジュンが俺を抱えてくれている
胸一杯に広がるテジュンの香りが好きだ
俺はテジュンのシャツの襟元を掴んだ
テジュンが優しい顔をして、痛くないか?ん?と訊ねる

そうだよ…

「ん?どうした?どこか痛いのか?」

そのさ…その『ん?』って顔…
すごく…すごく好きなんだ、俺

俺は、笑って大丈夫だと答えた
笑ってるのに胸は痛かった
テジュンに支えられて身を起こした

「ごめんジャンスさん、ほんとに目が回った…」
「…悩みすぎなんじゃないのか?この垂れ目の事で」
「…」
「ずぼーし★ジャンス、あったまい~い」メモ!
「…それ…なんのためのメモ?」
「ふふーん。これはぁ…ジャンスのぉ…ひ・み・つ。きゃぁぁぁ」
「先輩、ふざけないでください。イナ、調子悪いみたいですから」
「調子悪くさせたのお前だろうがよ」
「…」

ジャンスさんはメモを取りながらスラッと言った
テジュンは口をぎゅっと結んで俺を見た

「そうだな。僕がお前の調子崩してる。ごめんね、イナ」
「…ん…」

白々しく頷く俺
軽く抱きしめるテジュン
香りに包まれても気持ちが安らがない
白いキャンバスに描かれた線は途切れ途切れでガタガタだ…

それからテジュンにつかまり立ち上がった
俺はジャンスさんの横に座り、作り笑いを浮かべながらラストまで乗り切った
隣のテジュンとは話さなかった
口をきくと泣いてしまいそうだったから…

ジャンスさんは結局、閉店間際までいた
テソンはテソン・スペシャルを可愛い重箱に詰めて持ってきた

「出すタイミング見計らってたんだけど…出しそびれたんだ…ごめん。だから持ち帰りできるようにしました。生ものはありませんから明日中なら大丈夫ですけど…」
「いやあ、いい土産になりますっ!ありがとうテソンさん」

テソンの手をぶんぶん振り回してジャンスさんは喜んだ

「いた…いたた…」
「それで『例のアレ』は?」
「…抜かりありません。ほら、ここに」

テソンは重箱を仕舞いこんだ紙袋を拡げ、なにかを指さした

「ちゃんと全部同時に火をつけて試してくださいよ」
「わかってるぅん。ありがと」
「それとテジュンさんはこれ。どうぞ」

テジュンにも何かを手渡して、テソンはニコッと笑った

「んじゃ、帰るか、テジュン」
「…は…はい」
「キム・イナよ」
「はい」
「この後、暇か?」
「…。俺、店の片付けあるし…。時間かかるし…」
「あ。そ。了解」

ふっと息を吐いて帰り支度するジャンスさん

「イナ…話がしたい…」

テジュンが俺に声をかけた
俺は口を開きかけた
咽喉の奥から熱い塊が込み上げてくる
慌てて口を閉じた

「待ってる…」

返事をしない俺に、テジュンは一方的に告げた
そうだな
ちゃんと話をしよう…
その方がいいよな…

俺は頷いた
テジュンもウンウンと頷いてジャンスさんの後を追いかけた

みんなに見送られてジャンスさんとテジュンが店を出た
途端に力が抜けてまたふらついた
カウンターに寄りかかったので誰も気づかなかった

話をしたら、それで先に進めるのかな…

店を閉め、簡単な片付けをして解散
裏口から出ると、ジャンスさんとテジュンが俺を待っていた


はぐくみの家   れいんさん

いつになく緊張した面持ちの彼は
右手と左手に握った何種類かのネクタイを、困り果てた顔で交互に見比べていた
普段はそんなに迷ったりしないのに
今日の彼は即決できずにいるらしい

いくら待っても決まらない様子だったから
痺れをきらして、というよりも、ほっておけなくて声をかけた
「・・鏡に映してあててみたらどうですか?」
「だよな」

言われた通りに鏡を覗きこむ姿が、なんとも所在なさげで可愛らしく何だか吹き出しそうになる
左手に持っている濃い色の方のネクタイが今日のスーツには映えるみたい
見た瞬間にそう思ってはいたけれど、その困り顔、もう少し楽しんでいたい気がする

「なぁ、スハ・・どれが合う?」
「さぁ・・実際に締めてみないとピンときませんね」

僕をからかったりして時々意地悪をする彼だから
どれが合うかってすぐには教えてあげません、もう少し困っていて下さい
少しばかり悪戯心も湧いてくる


ところで、
彼がなぜこんなにもソワソワしているのかというと
そう、それは今日が展示会の初日だから

この日の為に彼がこれまでどれほど頑張ってきたか、僕はそれを傍でずっと見てきた
朝から打ち合わせをこなし、午後すぎてからは店に出勤
閉店後、帰宅してからは工房に篭り作業を続ける
彼の体が心配ではあったけど、僕はただ見守る事しかできなかった

工房の床には書き損じの紙屑がいくつも転がってた
髪をくしゃくしゃ掻き毟りながらデザイン画を描いていたのも知っている
木材をカットする機械音も夜更けまで聞こえていたし、それを子守唄代わりにうつらうつらする事も度々あった
徹夜明けのコーヒーを持って行くと、寝ぼけまなこの彼の顔には、赤や緑のアクリル絵の具がペイントされてて可笑しかった

だから・・だから
今日の展示会、必ず成功しますように
彼の才能が多くの人に認められますように
心からそう願わずにはいられない

シュシュシュと聞こえてきた絹ずれの音に、ぼんやりとしていた時が引き戻された
見ると、顎を少し上げ気味に彼はネクタイを整えている
「これに決めたけど・・どう?おかしくない?」
「似合ってますよ」
手で髪を梳き、鏡を覗き込む彼が
いつもより素敵に見えて、僕までもが何か誇らしい気持ちになった


「お店の方には連絡してるんですよね?」
「ああ、三日間展示会で忙しくなりそうだからとチーフには報告してる」
「他の皆には?」
「いや、言ってない」
「どうして?」
「皆に気を遣わせたくないし・・ほら、花を贈るだとか、そんな風にされたら照れくさいだろ」

「ふふっ。テプンさんの名前入りの大きな花輪とか届きそうだし?」
「ぷっ在り得るな。『テプンと愉快な仲間達』なんて名前がデカデカと入ってそうだ。
・・とにかくこの三日間どんな風になるのか、自分でも手探り状態だから、色んな事が軌道に乗ってから話そうと思ってる」

「テジンさんがお休みの分は僕が頑張りますから安心して下さい」
「うん、ありがとう。でも、向こうが終わり次第、店には顔を出すつもりだ。遅くなってしまうかもしれないけど」
「そんなに・・無理しなくても」
「いや、個人的な事で店に迷惑はかけられないよ。チーフや他の皆だってちゃんと両立してるんだしね」
そう言ってテジンさんは口元をきゅっと結んだ

「分かりました。ひどく遅くなりそうだったらその時は無理しないで連絡して下さい」
「ああ、そうする」

スーツを纏った彼はそう言って僕の飲みかけのコーヒーを一口盗んだ
ほのかに漂うFahrenheitの香りと、カップを持つしなやかな指先にどきどきした

「ところで、スハは見に来ないの?」
「僕が行っても・・いいんですか?」
「もちろん」
「邪魔にならない?」
「むしろ安心する」

安心する・・
さりげなく言われたその言葉に、僕はまた恥ずかしくて俯いてしまう
彼のその低めの声が、彼のその心に響く話し様が、僕の心に消えない甘い余韻を残して

声質は似てるはずなのだからと、彼の口ぶりを真似てみた事もあったのだけど
それは彼特有のものであって、僕に真似できるものではなかった


「じ、じゃあ・・後で差し入れを持って・・少しだけ・・お邪魔します」
「待ってるよ」

彼は白い歯を見せてにこっと笑ってくれた




彼が出かけた後
僕だっていつまでも余韻に浸ってはいられない
彼も頑張っているのだから僕も頑張らなくては

気持ちを切り替え、僕は『スハ先生』になる
そして元気で可愛い子供達との時を過ごした
『先生』と呼ばれる程、教師らしい教師でもない僕だけど
僕はここに集う子供達が大好きだ
素朴で純粋でキラキラと好奇心に輝く瞳をしてる子供達が

学校だけでは不足だからと、授業の補足の意味合いで来る子供もいる
僕やお友達に会えるからと、そういった理由で来る子供もいる
でも中には、精神面・肉体面でなんらかの傷を受け、なんらかの理由があり、学校に行けない子供もいる

ここには様々な子供達が来る
年齢も性別もバラバラだからその子の能力に合わせて一人一人に丁寧に教えるように心がけているのだけれど

授業というには程遠く、声を発したり笑ったり意思表示をしたり、そういったコミニュケーションでその日が終わってしまう子もいた

今度集まるのはいつの何時・・その日の授業の最後に皆で話し合って次の予定を決める
何も規則はないし強制もしたくはない
人が生きていく為には何が必要か、人を思いやるというのはどういう事か
突き詰めると日々ただそれを教えているだけのような気がする

でも焦ったりなどしない
この子達を焦らせたり急がせたりするのは彼らを追い込んでしまうから

いい詩集があったら「覚えておいで」と詩の一節を読み聞かせ
宿題といえばその程度

強迫観念や恐怖心を取り払う事こそが、ここに来る子供達には今現在一番必要な事だと感じる
でもこういった手法は少人数だからこそできる事なのだろう

子供達がそれぞれに成長し、ここを必要としなくなり、普通の社会生活に戻れる強い心を持てたならそれで僕の役目は終わりだ
僕はただ子供達がその何かのきっかけを掴む手伝いをしているだけなのだ
そうしてそれによって僕も日々成長させて貰っているのだと思う

日差しが強くなり、今日の勉強も終わりに差し掛かった頃、一人の子供が言った
「スハ先生、今日は時計ばっかり気にしてるね」
「え?そうだったかな・・?」

それがきっかけとなり他の子供達も口々に言い始めた
「スハ先生、同じところ何度も読んでだよ」
「スハ先生、○○ちゃんが朗読してる時お庭をぼんやり見てた」
「うんそうそう。ニコニコ嬉しそうな顔しちゃって何かいい事思い出してたんでしょ?」
「あ、そうら。こゆびとのことかんがえてたんれしょ」

純真な子供達の目にもそう映っていたほど
今日の僕は浮ついていたらしい

「な、何言ってる。さ、さぁ、今日はここまで。今度会う時までにこの本を読んでおいで。とてもいいお話だよ。この本を読んで思った事などを書いてきてくれたら先生嬉しいな」
「「「「「はーい」」」」」

「先生、僕感想文なんて書けないからさ日記でもいい?」
「ああ、いいよ」
「せんせい。絵れもいいれしゅか?」
「うんうん、いいよ。先生にも見せてくれる?」
「あい。いっぱいかいてくるー。せんせいのお顔もかいてくるー」

子供達のあどけない笑顔に癒される
こうしていつも僕は子供達に元気を貰っているのだ



「スハ先生、さようなら」
子供達がガヤガヤと賑やかに帰っていった
その姿が下り坂の向こう側に見えなくなるまでずっと手を振り続けた
遠くなる子供達のざわめきは次第に聞こえなくなっていった

それから僕はまたただの『スハ』に戻り、いそいそとキッチンに立つ
気がつけばお昼まであまり時間がなく
彼への差し入れといっても簡単なものしか作れそうにない

取り敢えず冷蔵庫の中のスモークチーズとロースハムでサンドを作り
ガーリックや香辛料を効かせて焼いたフランスパンをランチバスケットに詰め込んだ
ドリップしたコーヒーは程良い温度に冷まし、Aladdinの魔法瓶に注いだ
そして僕は彼の元へと急いだ
















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